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本判決の意義は、不法残留や不法就労、また出会ってから数日で結婚などの事実のみを判断して処分を下すのではなく、悪質な違法行為がされていない事や、実体的な婚姻関係・隣人との関係等の社会関係、不法残留・不法就労をした事情など外国人の方の考慮すべき事情を軽視することなく判断すべきと判示したところです。

結果、入管側が下した退去強制処分を裁判によって取消されました。

以下大まかな概要を説明しますと、外国人女性の方が、

①留学ビザで来日→②退学後に不法就労→③自ら出頭し出国命令による帰国→④短期滞在ビザで来日→⑤数日で日本人男性と出会い内縁関係成立、その後在留期限満了による不法残留→⑥同居から7ヵ月後に逮捕・収容→⑦収容直後に婚姻関係成立→⑧不起訴となり仮放免→⑨在留特別許可に係る審査中、約1年間同居→⑩退去強制処分決定→⑪裁判により処分取消

となります。

入管側の主張としては、②の不法就労の事実・⑤の出会った経緯の疑義と不法残留の事実等の指摘に加え、外国人女性が母国で生活することに何の問題もないと主張し退去強制処分を下しました。

一方裁判所は、下記の事項も考慮すべきとして入管の処分に違法性があると判示しました。

  • 不法就労については、お世話になった方へお手伝いとして働いたという事情を考慮すると悪質性は小さい事
  • 不法残留となった原因は再婚禁止期間等の諸問題があったこと
  • 1年7ヵ月程度の婚姻関係があり、円満な家庭と判断されること
  • 隣人からの在留を認める嘆願文も出される程度に隣人等社会関係も円満であること
  • 外国人女性の配偶者にとってはこれから外国人女性の母国で生活することには難があること

 

裁判名

平成28年3月2日判決言渡 名古屋高等裁判所

平成27年(行コ)第45号 退去強制令書発付処分等取消請求控訴事件

(原審・名古屋地方裁判所平成26年(行ウ)第86号)

主 文

1 原判決を取り消す。

2 名古屋入国管理局長が平成26年7月9日付けで控訴人に対してした出入国管理及び難民認定法49条1項に基づく控訴人の異議の申出には理由がないとの裁決を取り消す。

3 名古屋入国管理局主任審査官が平成26年7月14日付けで控訴人に対してした退去強制令書発付処分を取り消す。

4 訴訟費用は第1、2審とも被控訴人の負担とする。

事実及び理由

第1 当事者が求めた裁判

1 控訴人

主文同旨

2 被控訴人

(1) 本件控訴を棄却する。

(2) 控訴費用は控訴人の負担とする。

第2 事案の概要

概要1

本件は、中華人民共和国(以下「中国」という。)国籍を有する外国人である控訴人が、名古屋入国管理局(以下「名古屋入管」という。)入国審査官から、出入国管理及び難民認定法(以下「入管法」という。)24条4号ロ(不法残留)に該当する旨の認定を受けた後、名古屋入管特別審理官から、上記認定に誤りがない旨の判定を受けたため、入管法49条1項に基づき、法務大臣に対して異議の申出をしたところ、法務大臣から権限の委任を受けた名古屋入管局長から、平成26年7月9日付けで控訴人の異議の申出には理由がないとの裁決(以下「本件裁決」という。)を受け、引き続き、名古屋入管主任審査官から、同月14日付けで退去強制令書発付処分(以下「本件処分」という。)を受けたため、本件裁決及び本件処分の各取消しを求めた事案である。

原判決は、控訴人は入管法24条4号ロに該当し、出国命令対象者に該当しない外国人である退去強制対象者(入管法45条1項)に当たると判断した上で、本件裁決に裁量権の範囲の逸脱又は濫用はなく適法であり、これを前提としてされた本件処分も適法であるとして、本件各請求をいずれも棄却したため、控訴人が控訴した。

概要2

前提事実、争点及び当事者の主張は、原判決「事実及び理由」の「第2 事案の概要」2及び3に記載のとおりであるから、これを引用する(ただし、原判決7頁19行目の「13歳の娘」を「娘(2000年(平成12年)9月25日生。現在15歳)」と改める。)。

第3 当裁判所の判断

1 控訴人の退去強制事由該当性等について

前提事実によれば、控訴人は、入管法24条4号ロ(不法残留)の退去強制事由に該当し、かつ、出国命令対象者(同法24条の3)に該当しない外国人であることが認められる。

2 認定事実

前提事実、掲記の各証拠及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。

(1) 控訴人の本国における生活状況等

控訴人は、1972年(昭和47年)9月28日に中国の内蒙古において、中国人の両親の下に、4人きょうだいの第3子(二女)として出生した(甲17、18、乙1、7)。

控訴人は、1990年(平成2年)頃、中国の内蒙古所在の高等学校を卒業した後、粮食局従業員、食堂従業員等として稼働した。控訴人は、1995年(平成7年)頃、中国人男性である前夫(1969年(昭和44年)4月3日生)と婚姻し、2000年(平成12年)9月25日、娘であるAをもうけた。(甲16、乙7、15、控訴人本人)

控訴人は、かねてから、内蒙古へ進出している日系企業の賃金が高額であるため、内蒙古の日系企業への就職と日本語の習得を希望していたが、ついには日本への留学を希望するようになり、家族と話し合った上で、控訴人の実家に夫と娘を残して日本に渡ることになった(甲36、控訴人本人)。

控訴人は、母国語であるモンゴル語及び北京語での会話や読み書きに不自由はなく、日本語についても、日常会話のほか、文字の読み書きをすることもできる(乙7、11、15)。

(2) 控訴人の前回の本邦入国及び在留状況等

控訴人は、平成16年4月5日、在留資格を「留学」、在留期間を「2年」とする上陸許可を受けて本邦に上陸した。控訴人は、本邦入国後、栃木県内にあるB大学(現在のC大学)に通い始めたが、専攻である経済学等の日本語の授業についていくことができず、6か月ほどで通学をやめた。その後、控訴人は、親しくなった近隣の牧場主一家の世話になるなどしながら、中国に家族を残してまで来日して入学した大学での学業の挫折につき気持ちの整理がつかないまま、許可された在留期限である平成18年4月5日が経過した後も、本邦に不法に残留し、ラーメン店の従業員等をして不法就労に従事した。(甲36、乙2、7、15)

控訴人は、大学卒業という来日の目的を達成していないことに悩みつつも中国への帰国を決意し、自らの意思で東京入国管理局に出頭し、平成20年11月30日、出国命令を受けて出国し、中国に帰国した。(甲36、乙2、7、15、控訴人本人)

控訴人は、中国帰国後、日本語の家庭教師として働きながら、前夫や娘と暮らしていたが、2010年(平成22年)頃に前夫との関係が悪化した。その後、2012年(平成24年)9月24日、前夫との間で離婚が成立し、娘の親権者には控訴人がなることとなった。(甲16、36、乙15、控訴人本人)

(3) 控訴人の今回の本邦入国及び在留状況等

控訴人は、日本で世話になった前記の牧場主がガンに罹患したことを知り、見舞いのため再度日本へ行く準備をしていたが、同人の訃報に接して弔問のため、平成24年10月5日、在留資格を「短期滞在」、在留期間を「90日」とする上陸許可を受けて本邦に上陸した。控訴人は、同月9日頃、日本人男性と結婚して石川県に居住している中国人女性からD(以下「D」という。)の紹介を受け、同人と意気投合した末、同月15日頃、Dの自宅で同居生活を始め、その後、肉体関係を持った。(甲36、乙7、8、15、控訴人本人)

Dは、昭和25年生まれの男性で、平成14年頃前妻と離婚し、前妻との間の3人の子らも独立して、控訴人肩書住所地の広い土地を敷地とする部屋数の多い持家に一人で暮らし、老齢年金を受給しつつ、食肉加工品の製造工場に嘱託社員として週5日フルタイムで勤務し、かつ、地域のカラオケクラブに所属するなどして余暇を楽しみながら、再婚相手を探すなどしていた者である(甲1、7ないし14、36、37、乙13)。

控訴人は、平成24年11月頃、Dと婚姻の約束をして内縁関係となり、中国の実弟に婚姻の手続のために必要な書類を取り揃えて送付してくれるよう依頼しており、また、この頃、Dに対し、在留期限が平成25年1月3日までであることを伝えた。なお、中国には再婚禁止期間(いわゆる待婚期間)がなく、控訴人は、その頃Dから聞かされるまで、日本では6か月もの長い再婚禁止期間があるためにDと直ちには婚姻できないことを知らなかった(ちなみに、最高裁判所平成25年(オ)第1079号同27年12月16日大法廷判決において、民法733条1項の規定のうち100日を超えて再婚禁止期間を設ける部分は、平成20年当時において、憲法14条1項、24条2項に違反するに至っていた旨判示されているところ、これに従えば、平成24年9月24日に前夫との離婚が成立している控訴人の再婚禁止期間が経過するのは、同人の在留期限の満了日である平成25年1月3日となり、同日には控訴人がDと婚姻することは可能であった。)。

控訴人とDは、平成24年11月頃、名古屋入管金沢出張所において在留期間の更新について相談したところ、同出張所の職員から、結婚予定であることを理由として在留期間を更新することは難しいから一旦中国に帰るように促され、それでも在留の延長を希望するのであれば、自分たちで何か他の理由を考えるように言われたが、それ以外には何らの説明も教示もなされなかった。控訴人としては、一旦でも帰国するのは、せっかく巡り会えたDと離れることになり耐え難いと思った上、再び入国する手続には時間を要し、形成されたばかりのDとの内縁関係が失われてしまうのではないかと懸念し、早晩必要書類を整えてDとの結婚が成立すれば在留資格が認められると考えて、平成25年1月3日の在留期限の経過後もそのまま本邦に不法残留した。Dも、控訴人の在留期限が経過したことを当然知っていたが、控訴人と同様の思いであって、困難であるとは説明されたものの結婚予定を理由に在留期間の更新を求める以外に有効な方法を考えることもできないまま、控訴人に対し帰国を促すことはなく、同年6月18日に控訴人が逮捕されるまで、控訴人との同居を続けた。(甲36、37、乙7、8、12、15、17、証人D、控訴人本人)

なお、控訴人は、Dとの同居を開始した直後の平成24年11月頃から、近隣の日本料理店で、週に3回程度、料理の配膳等を行うアルバイトをして月に6万円程度を稼ぎ、その中から中国にいる娘のための服や靴、日本の漫画を購入し、娘に送っていた。(甲36、乙7、8、13、15、17、控訴人本人)

(4) 控訴人とDの婚姻に至る経緯等

控訴人とDは、かねてから控訴人の中国の実弟に送付を頼んでいた必要書類が平成25年5月になってようやく届いたことから、同月22日に白山市役所へ婚姻届を提出しに行ったが、中国領事館発行の婚姻条件具備証明書が不足しているとの理由で受理されず、同月29日に中国駐名古屋総領事館へ行き、同証明書の交付を申請したが、Dの独身証明書に外務省の認証文言がないという理由で交付されず、これが同年6月17日になって発行され、同月20日に航空便でD及び控訴人宛に発送されて、翌21日頃D宅に到達したが、控訴人は、入管法違反(不法残留)の被疑事実により同月18日に現行犯逮捕されていたため、同月25日、Dが一人で白山市役所へ行き、白山市長に対する婚姻の届出を行った。(甲1ないし3、16ないし20、36、37、38の1・2、乙8、12)

控訴人は、上記の逮捕及び勾留を経て、同年7月3日、金沢地方検察庁検察官により不起訴処分(起訴猶予)となり、その後、名古屋入管収容場に収容されて名古屋入管入国審査官らによる取調べを受けたが、Dと平成24年10月に出会ったという真実の経過を話すと、婚姻を真摯なものだと信じてもらえないと考えたことから、平成25年7月8日の審査手続の際、名古屋入管入国審査官に対し、Dとは「5年前に留学生で来ていたときにパーティーで見かけたのが最初です。」などという虚偽の供述をし、Dも、同月11日、名古屋入管入国警備官に対し、控訴人とは「5年か6年前に、石川県のたぶん金沢市内で開かれた合コンで初めて出会いました。」などという虚偽の供述をした。しかし、Dは、上記供述の直後に、それが虚偽であることを取調べの担当官にすぐ見抜かれ、素直にこれを認めて謝り、控訴人も同月19日の審査手続において、前記供述が虚偽であることを素直に認めて謝った。(乙11、12、15)

(5) 控訴人の家族の状況等

控訴人の本国である中国には、控訴人の両親、娘1人、きょうだいが在住しており、控訴人の娘は控訴人の両親と同居している。控訴人は、両親や娘に週1回程度の頻度で連絡を取っていたほか、姉とは月1回程度、弟とは月に二、三回程度の頻度で、それぞれ連絡を取り合ってきた(甲36、乙15)。

(6) 控訴人とDとの関係等について

控訴人とDは、平成24年11月頃以降、肉体関係をも伴う同居生活をし、Dが従前どおり工場に勤務し、控訴人が家事の多くを分担するようになり、休日には一緒に旅行をしたり、一緒にカラオケを楽しんだりし、また、お互いを「Eちゃん」、「とう(父)ちゃん」と呼び合うなどして、仲睦まじく暮らしている。控訴人は、Dの前妻との間の既に独立した娘らをはじめとする親族や勤務先の上司はもとより、D宅の近隣の住人らからも親しまれ、収容令書執行中である平成25年7月には、Dの上司や近隣の住人らが、名古屋入管局長宛に控訴人に対する在留特別許可を願い出る旨の嘆願文に署名したほか、本件訴訟に際しても、控訴人に対し寛大な処分を求める旨の陳述書を作成している。(甲22、28ないし37、39、乙8、12、13、証人D、控訴人本人)

なお、控訴人に対する最初の仮放免から約10か月が経過した平成26年6月19日、名古屋入管の担当官がD宅に生活実態の調査(いわゆる抜き打ち検査)に訪れた際、同担当官は「仲良く暮らしているんですね。」などと述べて、控訴人及びDが真摯に婚姻生活を営んでいることが分かった旨を同人らに伝えている(甲36、37、乙31、32、控訴人本人)。

Dは、その陳述書(甲36)において、上記に沿う事実関係を陳述し、控訴人の不法残留につき反省の弁を陳述するほか(このことは平成25年7月18日付けの嘆願書(甲21)でも同様に述べられている。)、当審において証人として出廷し、控訴人と幸せな夫婦生活を送っており、今後も控訴人との婚姻関係を維持していきたいこと、控訴人がきちんと家事をしてくれる上、20歳以上齢の離れたDの身体を気遣ってくれるので、単に重宝で都合が良いというに留まらず、明るい控訴人のいる家庭に帰ることができ、仕事をするにも張りが出てきたこと、一人暮らしをしていた時の良くない生活態度が改まって、無駄遣いしなくなり、貯蓄もできるようになったこと、半ば諦めていた自宅の改修をする意欲が出てきたこと、中国にいる控訴人の子をいずれは呼び寄せたいこと、言語、仕事、通院の状況からして、自らが中国へ行って生活することは考えられないこと等を証言している。

3 本件裁決の違法性について

(1)控訴人の考慮すべき事情

前提事実及び上記の認定事実によれば、控訴人とDは、平成24年11月頃から本件裁決時である平成26年7月9日まで約1年8か月の内縁期間及び婚姻期間において、控訴人が身柄を拘束されていた期間を除き、夫婦としての実態を伴う共同生活を営んでいたことが認められ、控訴人の日本語での日常会話に支障はなく、控訴人はDの関係者や近隣の住人らからも親しまれ、Dとの夫婦関係も周囲の皆から祝福されていることがうかがわれ、本件裁決時における控訴人とDとの夫婦生活は、既に日本の地域社会に深く根付いていたものと認められる。そして、控訴人とDは、その後も現在に至るまで仲睦まじい夫婦生活を継続してきていることが認められ、Dの当審における証言態度やその内容からして、本件裁決時における控訴人及びDの婚姻意思は真摯なものであったと推認でき、このような真摯な婚姻関係は、今後も控訴人が日本に在留できる限りは継続していくであろうことが強く見込まれる。

他方で、控訴人が中国に強制的に帰国させられることになれば、Dの年齢や通院状況、職業、言語能力等からして、Dが控訴人と共に中国で婚姻生活を送ることは不可能に近いことというべきであるから、日本の地域社会に根付いて、夫婦として心が通じ合い、お互いに労わり合い、助け合いながら生きている老壮年夫妻の生き別れを事実上強要し、Dの上記証言からうかがわれる同人のわずかな夢や希望の全てを無きものにすることになるのであって、日本人男性であるDとの関係においても、著しく人道に反する結果となる。もちろん、控訴人自身にとっても、たとえ中国に娘や近しい親族らがいるとはいえ、今更ながら中国へ帰国することは、現在15歳の娘を一人で扶養しつつ、一から生活基盤を立て直さなければならないことを意味するものであって、それが控訴人にとって過酷なものでないとはいい切れず、むしろDとの婚姻関係を更に安定させた上で中国の娘を呼び寄せることの方がはるかに好ましいということができる。

また、控訴人が平成24年10月5日の入国以降、一時不法就労していたという事実はあるものの、後述するとおり、その大部分は犯罪行為であるとはいえず、また、犯罪行為といえる可能性のある部分も実質的な違法性は低く、本件全証拠によっても、そのほかには、不法残留罪(入管法70条1項5号)以外の違法行為を行っていた形跡は認められないところである。

以上の諸事実は、本件裁決に当たり十分に考慮されるべき事柄である。

(2)被控訴人の主張の非妥当性

これに対し、被控訴人は、①控訴人が過去に日本で不法残留し、出国命令により出国したにもかかわらず、今回、結婚すれば在留資格がもらえると安易に考えて再び不法残留に及んでいる上、平成24年11月頃から約6か月間にわたり、不法就労に従事していたこと、②控訴人の主張を前提としても、本件裁決時における同居期間は約1年7か月間程度にすぎず、本件裁決時における婚姻期間は約1年間にすぎず、Dは、控訴人の不法残留を知りながら、控訴人との関係を継続してきたものであり、両者の婚姻関係は、控訴人が退去強制を受けて破綻するかもしれないことを前提とした極めて不安定なものであったというべきこと、③控訴人は中国で生まれ育ち、31歳で本邦に入国するまでの間、高校を卒業するまで教育を受け、食堂の従業員等として稼働してきたものであるから、本国である中国で生活していくことに言語上の問題はなく、稼働能力も有しており、中国には、前夫との間に生まれた娘、控訴人の両親、きょうだいが在住しており、控訴人とこれら中国在住の親族との交流も保たれているから、控訴人が中国に帰国して生活することに何ら支障はないこと等を縷々指摘し、これらは消極要素として考慮されるべきである旨主張する。

しかし、上記①の点について、まず、控訴人の過去の不法残留は、留学した日本の大学での学業に挫折して気持ちの整理ができず、中国に残してきた家族の手前もあって容易く帰国することができないまま、ずるずると親切な牧場主一家の世話になっていたものの、自ら意を決して入国管理局に出頭し、出国命令を受けて帰国したというものであるから、そこでの不法残留の違法性が格段に高いものであったとはいえず、現に控訴人はその件で刑事責任までは問われておらず、かつ、今回の入国に際しても、そのことを考慮の上でなお入国を許可されたものといえるから、前件の不法残留を殊更問題視することは相当でない。

また、控訴人が今回、結婚すれば在留資格がもらえると考えて再び不法残留に及んだという面は確かに否定できないものの、前記認定によれば、平成25年1月3日の在留期限に先立つ平成24年11月頃には、控訴人は既に中国の実弟に頼んでDとの婚姻成立に向けて必要な書類の送付を依頼していたことが認められる上、この頃、控訴人とDは、合法的な在留の延長を希望して名古屋入管金沢出張所へ相談に赴いているのである。これに対応した同出張所の職員は、控訴人及びDに対し、例えば、在留期間の更新申請をした場合の見通しを述べるだけではなく、それが認められなかった場合の争訟手段を併せて教示し、かつ、日本司法支援センターで法律相談を受けることを勧める、といった相談者の立場を考慮した親切な対応をすべきであったにもかかわらず、前記認定のとおり、結婚予定という理由では在留期間の更新は困難であるから中国へ帰るように、それでも在留の延長を希望するのであればその理由は自分で考えるように、などと教示して、日本における夫婦生活を合法的に続けていきたいと真摯に願って相談に赴いた控訴人らを困惑させ、これにより不法残留を誘発したと言っても過言ではないところであるから、このような入管職員の不親切な態度を不問にして、控訴人らのみを強く非難することは相当でない。

加えて、控訴人の不法就労の点は、在留期間経過後である平成25年1月4日以降の就労の事実は、在留資格の存在を前提とした入管法70条1項4号の資格外活動罪に該当しないのであるから、就労の事実そのものを犯罪視することはできない上、平成24年11月頃以降の2か月間程度の就労の経緯や内容も、近隣住人の好意によって、家事の合間に近所の飲食店を少々手伝うといったアルバイトをするようになり、月額数万円程度を受け取っていたというにすぎないもので実質的な違法性は低く、控訴人が多少でも家計を助けようとしたり、また、中国に残してきた娘のために日本の服飾品等を送ったりすることは、人道上何ら非難されるべきことではない。現に、控訴人が不法残留の罪で逮捕勾留され、金沢地方検察庁検察官により起訴猶予処分とされた際、同検察官においては、不法就労の事実をも把握していたはずであるが、それにもかかわらず、これが立件されておらず、また、特に問擬された形跡もないことは、同検察官が上記の諸事情を賢察の上でした取扱いであったことがうかがわれる。

なお、控訴人とDは、前記認定のとおり、名古屋入管入国審査官に対し、お互いが知り合った経緯について虚偽の事実をしたことも認められるが、その動機は、真実に反し偽装結婚と疑われないかと懸念したことによるものであって、酌むべきところがないとはいえない上、すぐに看破されて真実を述べ謝罪しているのであるから、この点についても、殊更控訴人らの悪性として評価すべき事柄ではない。

次に、上記②の点について、確かに控訴人とDとの同居期間や婚姻期間は被控訴人が指摘するとおり長いとはいえないが、双方の経験、年齢等にも由来する婚姻生活の充実さと真摯さは上記のとおりであって、本件裁決時において既に十分安定かつ成熟したものであったというべきであり、上記①の点に関して述べた不法残留状態に至る諸事情のほか、再婚禁止期間が100日のみであれば在留期限内に婚姻の届出をすることも可能であったといえること、控訴人とDとの婚姻時期の遅れは、前記認定のとおり、早くから中国の実弟に依頼していた必要書類の送付が遅れるなどしたという事情によることのほか、当時通用していた6か月という不必要に長く違憲の再婚禁止期間もこれに全く影響していなかったとはいい難い面があること等をも考慮すれば、控訴人とDとの婚姻関係が不法残留という違法状態の上に築かれた砂上の楼閣であるかのごとく評価することは著しく相当性を欠き、その継続が法的保護の必要性に乏しいなどと断ずることも相当でない。

そして、上記③の点については、前記(1)で述べたとおりであって、控訴人が中国に帰国して生活することに何らの支障もないとは到底いい難い。

(3)違法性の整理

以上の認定説示によれば、本件裁決は、控訴人の生活実態や不法残留状態に至った経緯を十分に踏まえることなく、むしろその実情に反してまで控訴人の悪性のみを殊更強く問題視する一方で、退去強制手続に踏み切るより以前に控訴人とDとの日本における安定かつ成熟した婚姻関係が成立していたことや、控訴人を中国へ帰国させることによる控訴人やDの不利益を無視ないしは著しく軽視することによってなされたものというほかはなく、その判断の基礎となる事実に対する評価において明白に合理性を欠くことにより、その判断が社会通念に照らし著しく妥当性を欠くことは明らかであるというべきであるから、裁量権の範囲を逸脱又は濫用した違法なものというほかはない。

よって、控訴人による本件裁決の取消請求には理由がある。

4 本件処分の違法性について

本件処分は、名古屋入管局長から本件裁決をした旨の通知を受けた名古屋入管主任審査官が、入管法49条6項に基づいてしたものであるが、上記3において述べたとおり、本件裁決に裁量権の範囲を逸脱濫用した違法性があって取り消されるべきである以上、これを前提とする本件処分も違法というほかなく、その取消請求にも理由がある。

第4 結論

以上によれば、控訴人の本件各請求はいずれも理由があるから認容すべきところ、これと結論の異なる原判決は失当であるから取り消すこととし、主文のとおり判決する。

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